安全配慮義務は「労使関係」だけではない――元請・下請にも及ぶ経営リスクと備えの要諦
2025/9/5(金) 第5号
「安全配慮義務」と聞くと、多くの人は雇用契約に基づく労使関係だけを思い浮かべるかもしれません。
労働契約法を根拠とする概念だから、従業員を雇っている企業だけに課される義務だと考えがちです。
しかし実際には、その範囲はもっと広く、建設現場における元請と下請の関係でも安全配慮義務が発生し得るのです。
請負契約だから下請の安全は自己責任、と誤解していると、大きな代償を払うことになりかねません。
安全配慮義務とは、契約関係にある相手の生命や身体を危険から守るため、必要な措置を取らなければならないという責任を指します。
これは労働者に限らず、現場で働く下請業者の作業員についても及ぶと解されます。
裁判所も、元請が現場全体の安全管理権限を持ち、下請労働者の作業がその指揮監督のもとで行われている場合には、雇用関係がなくても安全配慮義務を負うとの判断を示しています。
つまり「雇用していないから関係ない」という言い訳は通用しないのです。
この義務の内容は大きく三つに分けられます。
- 危険の予知
- その危険に対する対策
- 万が一発生してしまった場合の対応
1と2については、安全教育や危険予知活動(KY活動)、保護具の支給や墜落防止設備の設置など、自助努力によって防ぐことが可能です。
しかし3については、死亡事故や重篤な災害が発生すれば、多額の損害賠償を請求されるリスクが現実のものとなります。
遺族からの民事請求に加え、刑事責任や行政処分が伴うことも少なくありません。
ここで重要になるのが保険の存在です。
経営者が「事故など起きるはずがない」と高をくくっていると、実際に事故が起きたとき、会社が存続できないほどの負担を抱えることになります。
さらに盲点となりやすいのは、元請の保険に頼り切ることの危険性です。
例えば死亡事故が発生し、亡くなった作業員が二次下請に所属していた場合、元請の保険会社はいったん補償を行いますが、その後「求償権(支払った分を関係会社に請求し直す権利)」を行使します。
このとき下請が全額を負担させられるわけではなく、一次請や二次請の安全管理上の不備や過失の程度に応じて、責任割合が判断されます。
実務上は、現場の管理体制や指示系統、事故に至る経緯が精査され、複数社に按分されるのが一般的です。
しかし、それでも金額は数千万円単位に及ぶことがあり、一社にのしかかる負担は決して軽くありません。
こうしたリスクを直視すれば、各社がそれぞれに保険へ加入し、万が一に備えた体制を整える必要性は明らかです。
安全配慮義務は法律上の責任であると同時に、人命を守るという経営者の倫理的責任でもあります。
事故は一瞬で発生し、企業の信用を地に落とし、取引停止や経営破綻に直結しかねません。
特に中小企業では、保険未加入のまま巨額の賠償を請求されれば、一度の事故で倒産に追い込まれる危険すらあります。
保険への加入は「経費」ではなく「存続のための投資」であり、従業員や協力会社、そしてその家族を守るための最低限の備えなのです。
「あなたの会社は、本当に備えができていますか?」
安全配慮義務は労使関係に限られず、あらゆる事業者に突きつけられた課題です。
安全の確保とリスク管理を軽視する経営は、もはや社会から容認されない時代に来ています。
